瑞芳寺 Q&A
【宗門】
Q.瑞芳寺の宗派はなに?
A.臨済宗妙心寺派(禅宗)です
Q.臨済宗(禅宗)の教えは?
A.お釈迦さまの正法を相承(うけつ)がれた初祖達磨(しょそだるま) 大師、宗祖臨済禅師、さらに開山無相(かいさんむそう)大師に及ぶ一流の禅を宗旨及び教義とします。
Q.臨済宗妙心寺派(禅宗)の本山はどこにあって全国にはどれ位のお寺があるの?
A.正法山妙心寺(京都花園)を大本山とし、建武四年(1337)花園法皇の勅願 (ちょくがん)によって創建され、開山無相大師の法流は四派に分かれて、 全国三千四百ヶ寺に広がっています。
Q.臨済宗妙心寺派(禅宗)って何をお祀りしてるの?
A.釈迦牟尼世尊(しゃかむにせそん)を大恩教主と仰いで尊崇(そんそう) し、因縁により釈迦如来、観世音菩薩等をお祀りします。
Q.臨済宗妙心寺派(禅宗)ってどのお経を誦めばいいの?
A.お釈さまの正法をそのまま心に頂く宗旨ですから、特に教典は一定しません。主に般若心経、大悲咒、観音経、開甘露門、 坐禅和讃、宗門安心章(しゅうもんあんじんしょう)をお誦みします。
Q.臨済宗妙心寺派(禅宗)ってどんな宗教なの?
A.宗門は僧俗ともに禅の安心(あんじん)を求める同心同行であり、開山無相大師の 「請う其の本(もと)を務めよ」の御遺誡(ゆいかい)と、開基花園法皇の 「報恩謝徳」の聖旨を体して仏法興隆を実践する教団です。
Q.臨済宗妙心寺派(禅宗)ってどんな考えなの?
A.自心仏であることを固く信じて坐禅にはげみ、本当の自分にめざめ、どんな苦難にもくじけず、常に脚下(あしもと)を照顧(みつ)めてくらしを正し、生かされている自分を感謝しつつ世のため、 人のためにつくします。
Q.私たちは日々どのように生活していけばいいの?
A.臨済宗妙心寺派(禅宗)の宗門のもとになっている「報恩謝徳」を日常生活の中で、具体的に実践できるように示したものが「生活信条」です。
一、一日一度は静かに座って身体と呼吸と心を調えましょう。
(意)自らを整えて、暮らしを調えましょう。
一、人間の尊さにめざめ、自分の生活も他人の生活も大切にしましょう。
(意)信頼のある暮らしです。
一、生かされている自分を感謝し、報恩の行を積みましょう。
(意)暮らしの決まりと報恩行です。
自分と自分の生活を調えることが、人間の尊厳に目覚めて、また感謝と報恩の行につながっていきます。生活信条のそれぞれは、個別ではなくて、お互いに結ばれていて報恩謝徳の生き方を教えています。「報恩謝徳」は妙心寺開基の花園法皇の御宸翰(手紙)の中の言葉です。その中に「報恩謝徳の恩、興隆仏法の志」という語があります。
仏祖正伝の命脈を継承し、衆生済度に努めることが、仏祖の恩徳に報いることであります。
生かされて生きていることに感謝しながら、日々暮らして行きたいですね。
Q.そもそも禅ってなに?
A.禅とは心の別名です。
ひとつの相にこだわらない無相。一処にとどまらない無住。ひとつの思いにかたよらない無念の心境を禅定と呼び、ほとけの心のことです。
私たちの心は、もとより清浄な「ほとけ」であるにも関わらず、他の存在と自分とを違えて、対象化しながら距離と境界を築き、自らの都合や立場を守ろうとする我欲によって、曇りを生じさせてしまいます。
世の中、意のままにならないものですが、正確には我欲のままにならないということです。禅語の「如意」は意の如くと、思いのままになることを言いますが「如意」の「意」は我欲のことではなく、自他の境界と距離を超えた森羅万象に共通するほとけの心のことを指しています。
この「ほとけ」の心の働きには「智慧」と「慈悲」があり、それは認許とも言い換えられます。自分とは違う相手を許し認め、自分とひとつとする「不生不滅・不垢不浄・不増不減」の空の価値観に立つおおらかな心のことです。
自他の距離と境界を越えるには、自分自身を空しくすることです。
禅とは、雀の啼き声を耳にしても障りなく、花の香りの中にあっても妨げにならず一如となれる、そういう自由自在な心のことです。
Q.禅宗ってなに?
A.仏心宗、達磨宗とも呼ばれる、いわゆる禅宗は中国で起こり、発展し、やがて日本に伝来された仏教の一宗です。日本に伝わった禅宗には、臨済宗(りんざいしゅう) や黄檗宗(おうばくしゅう)、そして曹洞宗(そうとうしゅう) があります。
Q.仏心宗ってなに?
A.仏心宗と呼ばれるのは、禅宗が、文字や経典をたよらずに、仏の心(正法 [しょうぼう] )を、師匠から弟子へと直接伝えていくことを根本宗旨としているからです。その起源は、有名な「世尊拈華微笑 [せそんねんげみしょう] 」という故事に始まります。
ある時、お釈迦さま(釈迦牟尼仏)が、霊鷲山 [りょうじゅせん] という山に八万のお弟子をお集めになられました。
そこでお釈迦さまは、梵天(インドの神様)が献じられた金波羅華 [こんぱらげ] を手に取り、八万人ものお弟子に示されました。しかし、お弟子はその意味を理解することができませんでしたが、ただ、摩訶迦葉尊者 [まかかしょうそんじゃ] のみが破顔微笑されました。そこで、お釈迦さまは「我れに正法眼蔵 [しょうぼうげんぞう]、涅槃妙心 [ねはんみょうしん] あり、摩訶迦葉に付嘱 [ふしょく] す(我が仏心を摩訶迦葉に授けよう)」と言って、正法を伝授されました。
これが禅宗における師資相承 [ししそうじょう] (師匠から弟子への正法の直接伝達)の始まりと言われます。お釈迦さまのことを、臨済宗では、「大恩教主本師釈迦牟尼世尊」とお呼びして尊崇しています。
Q.達磨宗ってなに?
A.達磨宗とは、お釈迦さまから28代目の祖師である菩提達磨大師 [ぼだいだるまだいし] の名前から来ています。達磨大師は、インドから中国に渡られ、嵩山少林寺 [すうざん しょうりんじ] というところで面壁 [めんぺき] 九年の坐禅を修行され、「不立文字 [ふりゅうもんじ]、教外別伝 [きょうげべつでん]、直指人心 [じきしにんしん]、見性成仏 [けんしょうじょうぶつ] 」の宗旨を標榜され、禅宗の初祖と仰がれています。達磨大師の「不立文字、教外別伝…」の意味も、文字や経典をたよらずに、仏の心(正法)を、師匠から弟子へと直接伝えていくということです。つまり、達磨大師の正法をさかのぼれば、お釈迦さまに行き着くことになり、達磨大師の正法は、お釈迦さまの正法と同じということです。
【坐禅】
Q.坐禅をやってみたいけど、どうすればいいの?
A.お釈迦様は、ブタガヤの菩提樹の下で坐禅をされ、7日7晩の禅定の後に、悟りの境地に入られました。
「坐」は、日本の言葉で「すわる」といいます。「すわる」とは、落ちついて動じない、とか、静止する、定着する、などの意味だと辞典にあります。要するに、動かないように安定させることです。
身体を落ちつけて動じない形に安定させ、心を一ヵ所に集中し定着させる。その身と心とを融合統一し、身心を一如に安定させるのが呼吸です。そこで身・息・心の統一調和をはかるのが「坐」だということになります。
次に「禅」ですが、これは「禅那」といい、サンスクリットの dhyana とか、パーリー語の jhana とかの音写で、静慮と漢訳されます。現代の中国語では、channa と発音するようですが、静慮の意味であることに変わりはありません。ただ静慮という訳は、適訳ではないので余り用いられず、「禅」で通っています。そして、禅那とは、心統一の因だといわれますから、坐ることによって身・息・心を統一し、または統一しつつある状態が坐禅だということになります。
その結果、完全に身・息・心が統一され、安定した状態を「定」といいます。定はサンスクリットで Samadhi といい、「三昧」の文字を当てます。
「定」は、ただ消極的に、あるいは単なる受動的な熟睡したのと同じような状態、つまり何もない恍惚境とは違います。そこには生き活きとした、動き出すものがなければなりません。三昧の世界、定の光明から、再びこの世の正しい姿を映し出す働きが出てきます。いいかえれば、定以前の常識的な見方を越えて、「覚」の立場から世界を再認識するものと言ってもよいでしょう。その照らし見る働きを「慧」と申します。
禅では、「定慧円明」といって、定は必ず慧を発し、慧は必ず定に基礎づけられ、打って一丸となった円かに融け合って明らかなものでなければなりません。
禅の目標は、実にこの「我に在る菩薩」を「見」るところにあるといってもよいでしょう。それを「見性[けんしょう]」といっておりますが、見性して観自在の自由自在、思いのままの日常行為をするところにこそ、禅はあります。そのために行住坐臥において、
衆生無辺誓願度 [しゅじょうむへんせいがんど]
煩悩無尽誓願断 [ぼんのうむじんせいがんだん]
法門無量誓願学 [ほうもんむりょうせいがんがく]
仏道無上誓願成 [ぶつどうむじょうせいがんじょう]
と、四弘 [しぐ]の誓願 [せいがん]に鞭うっていくのです。
それならば、健康になりたいとか、精神的な悩みを解消したいといって門を叩くものに対して、禅は門を閉ざすのかといえば、決してそうではありません。
「大道無門、千差路あり」です。有限的な概念を持ちませんから、科学とも、どんな宗教とも、もちろん一般常識とも、何ものとも衝突するものではありません。一切から超越しておりますから、東西南北どこからでも、自由にお入り下さい。禅は、仏祖の開いておかれた広大の慈門ですから、健康門から入ろうと、煩悩門から入ろうと勝手です。何ものでもついに発菩提せしめずにおかないでしょう。
そうなると、いったい目標はあるのか、ないのか、あるといえばあるし、ないといえばないようにもなりそうです。いいえ、そうではありません。
どの門からは入っても自由ですが、ただ、自分が禅によって救われたら、その福音を他にも分かとう、地上の人々みんながよくなるようにと、それだけはお考え下さい。これを「下化衆生[げけしゅじょう]」といいます。
Q.坐禅をする前に準備って何かするの?
A.坐禅は何を目標にするのかは、不充分ながら以上で大体は分かって頂いたとして、さて、では坐るのにはどうすればよいのでしょうか。
坐禅に関する威儀作法を述べた『坐禅儀』という書物に、
「乃ち諸縁を放捨し、万事を休息し、身心一如にして、動静間なく、その飲食を量るに、多からず少なからず、その睡眠を調うるに、節ならず恣ならず」。
とあります。できるだけ簡単にこの言葉を説明してみます。
「諸縁を放捨せよ」というのは、外界の影響(耳に入ってくる騒音、皮膚に感じる寒暑、鼻にふれる匂いなど)から離脱し、頭をカラッポにしてかかれということでしょう。
「万事休息し」とは、「休」も「息」も、どちらもやめるとかやすむとかいう意味の文字ですから、いっさいの事柄との関わりを止めることになりましょう。さきの「諸縁を放捨」するのが外境の遮断だとすれば、「万事を休息し」は、内部感覚の休止ということだとおもいます。そのようにして初めて達磨大師のいわれたように「心、墻壁の如く」で、心をきり立った絶壁のようにして何ものをも寄せつけない状態になることができるでしょう。
「身心一如にして、動静間なく」とは、形相をもった身体と、無形の心とが不二一体のものとして融合し、しかもあたかもコマが最も高速度で回転しているとき、かえって静止して見える、あるいはプロぺラの回転しているとき、プロぺラはないように見えますが、そのようにあれということでしょう。
次に「その飲食を量るに、多からず少なからず、その睡眠を調うるに、節ならず恣ならず」とあります。『摩訶止観』にはさらに詳しく、事前の方便の4番目に、「食・眠・身・息・心の五つを調えよ」とあり、この「五事善からざれば禅に入ることを得ず」とありますから、この五つの条件がよく調わないと、禅定に入ることを妨げられるというのです。そして五事のうち「眠・食の両事は定外に就てこれを調う」とありますから、睡眠と食事は坐禅中以外の日常生活の間、もしくは坐禅を行う前に調えておくべきものだというのです。身・息・心の「三事は入・出・住に就てこれを調う」べきものだとされています。
Q.実際坐禅をするにはどうするの?
A.平素の生活の中でこれまで述べたような準備がととのえられたら、いよいよ坐ることになります。『坐禅儀』には、
坐禅せんと欲するとき、閑静処において、厚く坐物を敷き、ゆるく衣帯をかけ、威儀をして斉整ならしめ、しかるのち結跏趺坐すとあります。
1 坐る場所を選ぶ
まず坐る場所を閑静処、つまり静かなところと規定しております。しかし、現実の問題として、今の都会生活者にはその閑静な場所を選ぶことが容易ではないでしょうが出来るだけ閑静処を選ぶよう工夫した方がよいでしょう。
2 坐物の準備
「厚く坐物を敷き」ます。座布団は薄いよりは厚いほうがいいです。決してぜいたくではありません。それに膝のはみ出さない程度に大きいものを使いたいものです。しかし薄いものしかないときは、仕方がないから二枚重ねて用いたらいいでしょう。その上に「坐蒲[ざふ]」という、普通の座布団を二つに折ったくらいの大きさ、厚さのものを尻の下に敷きます。もちろん薄い座布団を二つ折りして代用しても差し支えありません。
3 服装
「ゆるく衣帯をかけ」とありますが、それは着物をゆっくりとつけ、特に帯など強く締めないことです。洋服の場合ならバンドをゆるめるとか、ネクタイをはずすなどすることです。といってダラシなくならないように、「威儀をして斉しく整え」る必要があると、注意しています。厳然としたところがないと、坐禅に緊張味が欠けることになります。
4 坐る
身相を調える
「しかるのち結跏趺坐す」で、このような準備をしてはじめて足を組むことになります。『坐禅儀』には、その方法として結跏趺坐[けっかふざ]と半跏趺坐[はんかふざ]と、二つの方法が示されています。
手は、先ず右手を下腹に組まれた足の上におき、左の掌を右の掌の上におきます。そして、左右の親指を合わせ、支えあうようにします。力を入れずに、中が卵の形になるようにして下さい。この形を法界定印[ほっかいじょういん]といいます。
坐禅をする時、目は開いています。顎を引き、まず、まっすぐ前方を向いたまま、視線だけを約1メートル前方に落とします。そうすると、自然に、目は半分開いた菩薩の半眼状態になります。目を閉じると消極的になり、余計な妄想がわいてきますので、閉じないで下さい。
背筋は、まっすぐに伸ばして下さい。頭のてっぺんが天井に着くような感覚が必要です。下腹部は、気海丹田と呼ぶヘソの下三寸のところに、力が充実している感覚があれば大丈夫です。
気息を調える
体が整ったら、次は呼吸を整える調息です。坐禅で一番大切なのは呼吸方法です。息を吸うことよりも、吐くことに主眼を置いて下さい。上記の気海丹田まで、体の中の空気を全部吐きだす感じで、吐ききってください。吐ききれば、自然に吸えます。
数息観というのは、呼吸を整えていくための方法で、一から十まで数えます。ヒトーで静かに長く深き吐き、ツで吸います。フターで長く深く吐き、ツで吸います。これを、何回も繰り返すのです。
呼く息は、自分の気海丹田に吐きかけるように、そして数えるのも気海丹田で数えるという観念でやることが大切です。
思量を調える
心を整える調心です。『坐禅儀』によると、こうあります。
臍腹を寛放し、一切の善意すべて思量することなかれ。念起こらば即ち覚せよ。これを覚すれば即ち失す。久々にして縁を忘ずれば自ずから一片となる。これ坐禅の要術なり。
身も心も解放し、腹の中になんの一物もなく、ゆったりと解放された状態になった上で、是非善悪などの相対的な想念を払い去った、無念無想になります。しかし、実際には、人間は、簡単に無念無想、無心になれません。ですから、妄念が起こったら、すぐさま省覚すれば、その妄念はたちまち切断されます。
以上、坐相(身)・気息(息)・思量(心)と、三つに分けて説明しましたが、この三つは、元来分けて考えるべきものではありません。本当は呼吸の働きに媒介されて、心と身とが渾然と一つになるというのが坐禅というものです。
【法要】
Q.法要ってなんでするの?
A.法要とは、仏さまを供養するという意味の仏教用語で、追善供養ともいいます。法要は故人の冥福を祈り、その霊を慰めるために営みます。
冥福とは、冥途の幸福のことで、故人があの世でよい報いを受けてもらうために、この世に残された者が仏さまの供養をするのです。また一方で法要は、生きている私たちが在りし日の故人を偲び、故人への感謝の思いを新たに、充実した日々がおくれるよう自分自身を見つめ直す場でもあります。
【お盆・お彼岸】
Q.お盆とお彼岸って何が違うの?
A.古代の日本では新年最初の満月である1月15日と、半年後の満月である7月15日の2回、祖霊を祀る風習があり、やがて1月15日のほうは年神を祭る小正月へと変化し、7月15日のほうは先祖を祭る行事へ変化したという説があります(旧暦では15日は十五夜でほぼ満月になります)。
また、釈迦の弟子の1人が地獄に堕ちた母親を救うために供養した日が7月15日だったということに由来する仏教の盂蘭盆会という行事にも由来し、これと古代からの7月15日の先祖を祭る行事が一緒になって日本独自のお盆へ発展したという説もあります。
仏教の盂蘭盆経の内容と日本の盆行事の性格を比べると、古代からの先祖を祭る行事としての性格のほうが強いようです(ここから、日本のお盆は神道系の行事だという見方もあるようです)。
お盆の入り=お盆の始まりの日としては、地獄の釜の蓋があくといわれる1日(釜蓋朔日・朔日盆)とするところや、七夕の日でもある7日(七日盆)とするところもあります。
お盆の終わりの日としては、地蔵菩薩の縁日である24日(地蔵盆)とするところもあるようです。
迎え火(迎え盆)は13日が一般的ですが、12日や14日とするところもあり、送り火(送り盆)は16日が一般的ですが、15日とするところもあるようです。
そして、これらはもともと旧暦7月の行事でしたが、明治6年(1873年)の改暦の際に旧暦から新暦とされたため、現在ではカレンダーどおり新暦7月にするところ、月遅れで新暦8月にするところ、従来の旧暦7月にするところの3とおりに分かれています。
(1)
新暦のお盆(東京などの一部の地域)…カレンダー上のお盆
7月1日 …釜蓋朔日・朔日盆
7月7日 …七夕・七日盆
7月13日…盆の迎え火・迎え盆
7月15日…お盆・盆の中日・盂蘭盆
7月16日…盆の送り火・送り盆
7月24日…地蔵菩薩の縁日・地蔵盆
7月28日…大日如来の縁日・大日盆
(2)
新暦の月遅れのお盆(全国的にお盆とよばれているもの)
8月1日 …釜蓋朔日・朔日盆
8月7日 …七夕・七日盆
8月13日…盆の迎え火・迎え盆
8月15日…お盆・盆の中日・盂蘭盆
8月16日…盆の送り火・送り盆
8月24日…地蔵菩薩の縁日・地蔵盆
8月28日…大日如来の縁日・大日盆
(3)
旧暦のお盆(沖縄などの一部の地域)…もともとのお盆
旧暦7月1日[2009年は新暦8月20日(木)]…釜蓋朔日・朔日盆
旧暦7月7日[2009年は新暦8月26日(水)]…七夕・七日盆
旧暦7月13日[2009年は新暦9月1日(火)]…盆の迎え火・迎え盆
旧暦7月15日[2009年は新暦9月3日(木)]…お盆・盆の中日・盂蘭盆
旧暦7月16日[2009年は新暦9月4日(金)]…盆の送り火・送り盆
旧暦7月24日[2009年は新暦9月12日(土)]…地蔵菩薩の縁日・地蔵盆
旧暦7月28日[2009年は新暦9月16日(水)]…大日如来の縁日・大日盆
一方、お彼岸は、日本で誕生した日本独特の仏教行事のようです。
仏教ではあの世(涅槃・極楽)を「彼岸」、この世を「此岸」といいます。
また、「彼岸」は西方にあると信じられていたため、太陽が真西に沈む春分・秋分の日はもっとも「彼岸」に近づく日とされ、その日に先祖供養を行ない、前後の3日づつの計6日は「六波羅蜜」という6つの行を1つづつ実践する日とされ、春分・秋分を中日とした計7日間をお彼岸としました。
お彼岸は、二十四節気の春分・秋分にもとづくため、新暦では毎年ほぼ同じ日付になり、旧暦では毎年日付がかわります。
(1)
春のお彼岸(2009年の場合)
新暦3月17日[旧暦2月21日]…彼岸の入り
新暦3月20日[旧暦2月24日]…彼岸の中日
新暦3月23日[旧暦2月27日]…彼岸の明け
(2)
秋のお彼岸(2009年の場合)
新暦9月20日[旧暦8月2日]…彼岸の入り
新暦9月23日[旧暦8月5日]…彼岸の中日
新暦9月26日[旧暦8月8日]…彼岸の明け
よって、「お盆」は、霊を迎え、供養し、ふたたび送り出すことから、霊を此岸に招く形になりますが、「お彼岸」は、人が仏教の行を修めて、人が彼岸へ近づく形になるといえるでしょう。
Q.お彼岸でお供えするぼた餅とおはぎは何が違うの?
A.ぼた餅は「牡丹餅」、おはぎは「御萩」。牡丹の花は春に咲きますので、春は牡丹餅といい、萩の花の咲く秋は御萩餅(あるいは、萩の餅)といいます。また、ぼた餅はこしあんで、おはぎは粒あんで作るのだそうです。
【臨済宗】
Q.北海道には臨済宗のお寺は何ヶ寺あるの?
A.北海道における臨済宗のお寺は28ヶ寺あります。
臨済宗妙心寺派のお寺は24ヶ寺
札幌市東区瑞芳寺(ズイホウジ)・札幌市中央区瑞龍寺(ズイリュウジ)・石狩市春光寺(シュンコウジ)・岩見沢市明心寺(ミョウシンジ)・岩見沢市妙眞寺(ミョウシンジ)・江別市瑞巌寺(ズイガンジ)・苫小牧市正法寺(ショウホウジ)・室蘭市護国寺(ゴコクジ)・室蘭市法眼寺(ホウゲンジ)・虻田郡豊浦町北海寺(ホッカイジ)・虻田郡留寿都村全宗寺(ゼンソウジ)・旭川市神皇寺(ジンノウジ)・旭川市洪岳寺(コウガクジ)・上川郡鷹栖町田中寺(デンチュウジ)・旭川市大道寺(ダイドウジ)上川郡当麻町圓明寺(エンミョウジ)・旭川市見性寺(ケンショウジ)・上川郡美瑛町観音寺(カンノンジ)・帯広市大乗寺(ダイジョウジ)・河東郡士幌町實相寺(ジッソウジ)・阿寒郡鶴居村観音寺(カンノンジ)・厚岸郡浜中町曹渓寺(ソウケイジ)・厚岸郡浜中町正宗寺(ショウジュウジ)・標津郡中標津町大慶寺(ダイケイジ)
臨済宗南禅寺派のお寺は2ヶ寺
厚岸郡厚岸町國泰寺(コクタイジ)・厚岸郡厚岸町報國寺(ホウコクジ)
臨済宗天龍寺派のお寺は1ヶ寺
稚内市北溟寺(ホクメイジ)
臨済宗相國寺派のお寺は1ヶ寺
旭川市明覚寺(ミョウガクジ)
Q.臨済宗には本山と呼べるお寺は何ヶ寺あるの?
A.現在では15の本山を持ち、臨済宗十五派と言われますが、これらは法系の上では一筋に帰するものであります、対立的な意味はありません。
●建仁寺(けんにんじ)--京都府京都市--
1202年、将軍源頼家が開創し、開山は栄西禅師。京都五山。
●東福寺(とうふくじ)--京都府京都市--
1236年、関白九条道家が開創し、開山は円爾弁円(えんにべんねん)(聖一(しょういつ)国師)。京都五山。
●建長寺(けんちょうじ)--神奈川県鎌倉市--
1253年、北条時頼が開創し、蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)(大覚禅師)が開山。鎌倉五山の第一山。
●円覚寺(えんかくじ)--神奈川県鎌倉市--
1282年、北条時宗が無学祖元(むがくそげん)(仏光国師)を開山に迎えて、開創。鎌倉五山。
●南禅寺(なんぜんじ)--京都府京都市--
1292年、亀山上皇の勅願で、大明国師(無関普門(むかんふもん))を開山として開創。「五山之上(ござんのうえ)」(京都五山の上)。
●大徳寺(だいとくじ)--京都府京都市--
1326年、大燈(だいとう)国師(宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう))を開山として開創。京都五山の一位。
●天龍寺(てんりゅうじ)--京都府京都市--
1339年、足利尊氏(たかうじ)が開創し、開山は夢窓疎石(むそうそせき)。京都五山。
●妙心寺(みょうしんじ)--京都府京都市--
1342年、花園天皇が離宮を喜捨し、関山慧玄(かんざんえげん)(無相大師)を開山として開創。
●国泰寺(こくたいじ)--富山県高岡市--
開山は慈雲妙意(じうんみょうい)。相国寺派に属していたが明治38年独立。
●永源寺(えいげんじ)--滋賀県神崎郡--(かんざきぐん)
1361年、寂室元光(じゃくしつげんこう)を開山として開創。
●相国寺(しょうこくじ)--京都府京都市--
足利義満が夢窓疎石(むそうそせき)を開山として開創。京都五山。金閣寺・銀閣寺は相国寺派の寺院。
●方広寺(ほうこうじ)--静岡県引佐郡--(いなさぐん)
1384年、無文元選(むもんげんせん)(後醍醐(ごだいご)天皇皇子)を開山として開創。
●向嶽寺(こうがくじ)--山梨県塩山市--(えんざんし)
1380年、抜隊得勝(ばっすいとくしょう)を開山として開創。
●仏通寺(ぶっつうじ)--広島県三原市--
1397年、愚中周及(ぐちゅうしゅうきゅう)(夢窓疎石の弟子)を開山として開創。
●興聖寺(こうしょうじ)--京都府京都市--
1603年、虚応円耳(こおうえんに)を開山として開創。