Top > 家族について思うこと

セラピーを受けて、現実はよりひどくなりました。

正直に、

自分の母との関わりを

ブログで公開したり、

話したりするのって、

とても勇気のいることです。



親の存在って、

とても大きなもので、

最大限の感謝に値するのは、

分かり切っていることですが、

あえて話すとなると、とても恥ずかしい。



恥ずかしいんですよ。



反射的に避けたくなる孤独感。

母の存在を受け入れられない時の怒り。

自分の頑張りも空しく、否定されたような劣等感。



あの時の記憶が、

この時の思い出が、

母への素直な思いをかき消すような気持ちになるのです。







手に負えないマザコンだな、

40歳過ぎてこれじゃあな、

気持ち悪い、

世間からそんな風に言われるような気がして、



母との関わりを話すのは、

とてつもなく、怖いものでもあるんですよ。



ものすごく愛されて育ったのです。





僕のことを知っている人は、

何度も聞かされたと思うのですが、

家族との関わりを何とか良くしたくて

催眠療法やカウンセリング、コーチング、ヒーリングに出会い、

数々のネガティブな思い込みがあることに気付きました。

そして、できる範囲で修正してきたんです。



それでも

心理療法に通うなんて、

家族から相当ひどい思いをしたんだね。



カウンセリング!

それってヤバくない?



などと、言われることがあります。



それに加え、催眠!!!?

ちょっとどうしちゃったんだよ。



と、怪訝な顔で見られるものです。



日本には、

心理療法やカウンセリングと聞くと、

イコール精神病で取り返しがつかないレベル、

そんな意味合いに捉える人が大半のようです。



今でこそ、

僕のまわりには、

理解のある人だけになったので

助かっていますが、

当時は、心理療法?カウンセリング?催眠?

ちょっとひくわー。

って面と向かって言われなくても、

心の内が伝わってきたものでした。



話を戻しますが、

僕は両親にものすごく愛されて育ちました。

当時の両親と同じころの年代になった

今の自分では、

到底できない時間やお金、そして愛情を

惜しみなく費やしてくれたんです。



そんな自分でも、

偏った思い込みをたくさん作り上げて、

苦しんだのです。



そんな人も、いるんですね。



破壊と再生





自分がそんな状態のまま

家族と接するわけですから、

良かった家族仲も、

あっという間に破たんしました。



心理療法やカウンセリングを受けて、

良くなるはずの家族関係が

今までにないほど、悪化してしまったのです。



母が嘆くたびに眠れない夜が続き、

最終的に、

もう、俺は母を助けてあげられない。

俺にも俺の人生がある。

ごめん、本当にごめん。



そう、決死の覚悟で

僕は母に、そう告げていました。

心が限界だったんです。







これが、破壊と再生のはじまりでした。



子にとって、母は絶大です。

これは人類すべて。



親の介護のために、

長年勤めた仕事を辞めた子ども。

結婚せずに適齢期を過ぎても、

不仲な親を見守るように引きこもる子ども。



大人になったにもかかわらず

親と良好な距離を持てない子どもたち。



この世には、

口では嫌だ嫌だと言いながら、

結局、自分の大切な人生を犠牲にし

親へ尽くしている子どもたちがたくさんいます。

それくらい、親の言動や行動は、

子がどんな歳になろうと影響しているのです。



たとえその子が60歳になっても、

母の膝の上に座って甘えていたいと嘆きます。

特殊な性癖を潜在的に持っている人は、

親との関係を引きずっている場合があるんですよ。



僕も例外ではありません。

(あ、性癖は他人と比べたことがないので分かりませんが。。。)



前述のように

そこまで大切な母の頼み事を

放棄するということは、

子にとって、

どれほどストレスとなるか

想像がつくでしょうか。



そうやって、

良くなるはずの催眠療法やカウンセリングは、

予想に反して、

家族と僕をかき回し、ぐちゃぐちゃにしていったのです。



セラピーのワナ





催眠療法でトラウマのきっかけを思い出す。

幼少期の記憶をさかのぼる。

カウンセリングで

自分の思考パターン(物の見方の傾向)を知る。



そういったセラピーを続けていると、

ある解釈のワナに囚われます。



悩みの問題の根源を探さなければならない

という思考が習慣化されるのです。



セラピー受けるたびに、

悩みの大もとを探るわけですから、

問題へ、問題へ、

と毎回自分に暗示かけていることになるんですよ。



問題注視型のセラピーを続けている以上、

仕方がない事なので、

この類のセラピーに取り組んだ方なら、

誰でも体験する通過点なんだと思います。



そして、

その問題をハッキリさせるためには、

悩みの対象

(僕の場合だと母)

またはそのまわりに、

良い悪いの判断をしなければならなくなるんです。



変な話ですが、

つまり、

良い悪いの価値基準があって

はじめて【問題】となるわけですよ。



そうですよね。



しかも、その問題は自分が悪いからだ、

なーんて思えたら、

他人に危害は加わりませんが、



だいたいの人は

自分は正しい、

という思考を根底に持っていますから

自分以外が悪者になっちゃうんですね。



僕の場合だと、

見事、一等賞!

母が悪者になったわけです。

ちょーかわいそう。







セラピーを受けるたび、

何度も何度も問題は母であり、

悪であると

自己催眠をかけてしまったのです。

(かーちゃん、本当にごめんなさい)




これでは、実際の関係性が

上手くいくわけありません。

当時は積年の恨みを晴らすため、

事あるごとに母を罵倒しました。




今では、笑って話せますが、

当時は大まじめだったんですよ。



とんだとばっちりを喰らった母も

ひどく傷ついたでしょう。



あ、ちなみに僕は思春期のほとんどない子でしたから、

やっと30代で迎えたわけです。



ちなみに

思春期のない子はいません。

必ず来るし、成熟した大人になるために

とても必要なプロセスなんです。

ですから、今がまっさかりの息子さんをお持ちのご両親、

よくやりました。

お父さん、お母さんの教育は大成功です!




母の見ている世界





そんな中で救われたことがありました。

催眠を学び続けた、という事です。

従来の退行催眠やヒプノコーチングだけではなく、

ナチュラルトランスという特異なセラピーに出会いました。



これは自分以外、

つまり他者の意識を体感する、とうものです。

時間軸、空間軸を超えて、

意識を追体験できるというものです。



僕の場合でいうと、

問題の根源となった僕の幼少期、

その時の母の意識を

僕自身が母と重なり合って感じてみるのです。



これが理屈ぬきで、

とてつもない効果があって

1つの悩みに対して1つの思い込みを解決するのではなく

いくつもの付属する思い込みたちを

ごっそりと解決してくれました。



母がどんな風に現実を従えているのか、

僕の身体に飛び込んでくるのです。



当時の母の外界の見え方。

そして、わずかな選択肢の中で、

この選択が最善であると信じていた現実。



自分の見えている世界と、

母の見えている世界が、

まったく違うことに気づかされた瞬間でした。

それと同時に、

当時の母の言葉にできない切ない思いが

次々と流れ込んでくるようでした。



そこではじめて、

身体ごと、母の愛に気づいたのです。

愛されていたことを身体で感じることができました。




これがいわゆる、腑に落ちたということ。

腑に落ちるとは、身体が感じなければならないのです。



催眠療法は悪かったのか?





この催眠療法のおかげで、

従来の催眠療法とカウンセリングで作った

問題の根源を探さなければならない、という

マインドレベルの暗示は

一気に消し去ることができたのでした。



とは言いながら、

当初受けていた

催眠療法やカウンセリングは

悪かったのでしょうか。



そうではないのです。

当時の僕の、

僕が家族の意見の采配をとらなければならない。

僕が家族の中で1番偉くなければならない。

僕が母を救わなければならない。

なんていう、偏った思い込みでいたら

僕は僕の人生を家族にささげ続け、

どのみち僕と家族の関係は破たんしていたことでしょう。



正常な関係性に戻すためには、

今の関係性を変えなくてはならない。

一旦、この関係性を壊す必要があったのです。



壊して、壊して、

そしてそのガレキの中から光を探す。



時に苦しい作業になりますが、

自分との対峙のあとは、

しっかりと家族と対峙するのです。



実際に行動しなければ、

現実は変わらないんです。



ですから、

破壊の気づきを与えてくれたのが、

従来の催眠療法やカウンセリングでした。



僕にとっては、大切な道のりだったわけです。



今の関係は良好なのか





それが、良好なのですよ。

もちろんムキっとすることもありますが、

両親と僕の関係性は

まったく別物になりました。

以前のように依存されることも少なくなり、

例えされても、

できること、できないことを

僕が判断できるようになったんです。



これなら、一緒にいて居心地がいい。

心配がない。







自分を産んで、育ててくれた親も

いまや70半ば、



時おりする、遠くを見るような目。

まるでひととき時間が止まったような瞬間です。



おぃおぃ ボケたんじゃないか!?

と引き戻したくなりますが、

そうではないんですよね。



本当に時間が止まっているのかもしれません。



会うたびに老いを感じ、

ふたりの背中は小さくなる一方。



それもそのはず、

いつ死んでもおかしくない歳なんですよ。



そう、死んじゃうんです。



だったら、

死んじゃう前に

もう少し、感謝の言葉を言えるような

自分になりたいですよね。



あの世で会えるなんて、

誰が言ったのか知りませんが、

そんな保障、どこにもないんですよ。



今生きているうちに、

伝えるのが一番いいんですよ。







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