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日本の伝統芸能の『能』と『狂言』の違いは

  • 2016-04-16 (土) 14:04
  • 一般
テレビの無い時代、日本人の娯楽は落語や漫才、歌舞伎や能、狂言などの舞台芸能だった。

このうち、能や狂言は日本人にとってもなかなか区別がつきにくい。

テレビ番組に例えるなら、能は『シリアスドラマ』、狂言は『お笑い番組』といえる。

能は、人間の情念、深い心理などをテーマとして扱うものだ。

役者は能面で顔を覆い、その面の動きや角度によって喜怒哀楽のすべてを表現する。

一方、狂言は、人間社会のおかしさを扱う。

役者が演じるのは貴族や武士、一般の庶民など、身の回りによく居る人物たちであり、彼らがおかしな行動や言葉、動きなどで観客を笑わせる。

能がシリアスな幽玄の世界を描くのに対して、狂言は日常的な暮らしの中にある笑いがテーマだ。

これだけの違いがあるのに、この二つをしっかり区別出来る人間は多くはない。

その理由は、もともとこの二つは同じ芸能だったからなのだ。

その源流は、平安時代に生まれたと言われる『猿楽』である。

猿楽は、サ―カスのような曲芸や手品、モノマネなど多種多様な要素を含む芸能であった。

それがシリアスな要素が能に、お笑いの要素が狂言へと分かれていったのである。

しかし、芸能としては分離したものの、能と狂言は一緒に上演された。

観客は、シリアスな能を見た後に狂言を見て笑い転げ、再びシリアスな能を見ていた。

ちなみに、過去の日本で能や狂言が人気を誇った要因に、鎌倉時代から室町時代にかけて盛り上がった『立ち会い能』がある。

これは芸能一座がその演目を上演しあう勝負をしたのである。

立ち会い能で勝ち上がれば、一座の人気は上がる。

このような競い合いの上に能や狂言は進化していった。

今のテレビでも、芸人たちがお互いの芸を見せて優劣を競う『お笑いバトル』的な番組が人気だが、それは今から700年も以前から行われていた訳である。

 
 
 
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