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『帯広豚丼』誕生のヒントは鰻丼?

  • 2016-07-23 (土) 14:42
  • 一般
平成15年(2003)、アメリカで飼育された肉牛からBSE(牛海綿状脳症・通称狂牛病)が発見されたため、米国産牛肉の輸入が全面的に停止された。

これにより牛丼を提供する外食産業各社は、牛丼をメニューからはずし、牛肉の代わりに豚肉を使った『豚丼』を提供するようになった。

そして、その翌年頃から帯広方面で『豚丼』が大ブームとなる。

しかし、この豚丼はファストフードチェーン店が出す豚丼とは一味違っていた。

帯広でブームを巻き起こした豚丼は、帯広周辺では昔から食堂などで提供されていた定番メニューであったが、BSE問題も影響してか、改めてその美味しさに地元民が目覚めたようだ。

そのブームは北海道全土だけでなく、全国にまで波及。

現在では帯広のご当地グルメとして全国的な知名度を誇る。

牛丼チェーン店などで提供される豚丼と混同しないように『帯広系豚丼』『帯広豚丼』『十勝豚丼』と呼ばれる場合もある。

帯広の豚丼の調理法は、醤油と砂糖、肉の臭みを抑えるニンニクや生姜などを混ぜた甘辛のタレに、大きめに切り分けた豚肉を絡めて焼き、ご飯を盛った丼の上に乗せるというものである。

肉はロース、バラ、ヒレなど、店によって様々。

また焼き方もフライパン派と網焼き派の2つがある。

玉ねぎやグリンピースを加える店もある。

つまり、豚肉を甘辛タレで焼くというシンプルな定義以外は自由に創意工夫ができる料理なのである。

帯広の開拓史が、豚丼が生まれるバックボーンとして存在していた。

明治16年(1883)、十勝開拓の祖となる依田勉三が、豚四頭を連れて入植したのが、帯広における養豚の始まりである。

依田は「開墾のはじめは豚とひとつ鍋」と自身の句の中で詠んでいるが、この句は当時の開拓民と豚のつながりを如実に示している。

そんな依田たちの努力もあって養豚は広く普及したが、豚肉を食べる習慣はなかなか広がらなかった。

明治30年代には豚カツが生まれ、洋食屋などの定番メニューとなっていくが、豚肉食はまだまだ庶民には馴染みが薄かった。

そこで庶民にも豚肉を気軽に食べてほしいと、昭和8年(1933)、帯広駅前の食堂『ばんちょう』が豚肉に醤油味の甘辛いタレをつけて焼いた豚丼を売り出した。

これが帯広系豚丼の発祥だという説が有力だ。

豚丼の開発コンセプトは、なんと『鰻丼』。

日々重労働に追われる開拓民の人たちは、疲労回復のため鰻を食べたいと思っていたが、帯広には鰻は生息していない。

そのため鰻の代用品として盛んに育成されていた豚肉を使ったレシピを開発したのだという。

その後、『ばんちょう』以外にも、複数の食堂が豚丼を提供するようになっていったという。

なお元祖といわれる『ばんちょう』では、豚肉の量により松・竹・梅・華があるが、梅が松よりも豚肉の量が多く、値段も高い。

梅よりも松が高いのが一般的だが、現店主の祖母の名前が『梅』だから、松よりも梅を高く設定したのだという。  
 
 
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