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鰻丼誕生のきっかけになったある奇跡とは?

  • 2016-07-26 (火) 13:28
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鰻は万葉集の昔から、精のつく食べ物として知られていたが、現在のような鰻丼が誕生したのは、ずいぶん時代が下がった江戸時代後期の文化年間の頃である。

宮川政運の『俗事百工起源』によると、鰻丼を考案したのは、大久保今助という人だという。

大久保今助は実在の人物で、いまの茨城県常陸太田市産まれ。

もともと機転の利くタイプの人だったらしく、江戸に出ると商才を発揮。

やがて、江戸三座のひとつ『中村座』の金主になった。

金主というのは、事業や芝居などの興行主に資金を提供するスポンサーの事である。

その今助の大好物が、鰻の蒲焼きだった。

いつも鰻の蒲焼きを用意して、ご飯のオカズにしていたという。

しかし、芝居見物の最中は外に出られないので、鰻屋から出前を取っていた。

ところが出前となると、到着する頃にはすっかり鰻が冷めて美味しくいただけない。

そこで思い付いたのが、鰻重だった。

当時、芝居見物には、重箱詰めの弁当がつきものだった。

今助はこの重箱に、ご飯と鰻の蒲焼きを載せるという方法を思い付き、鰻屋に注文した。

今助は、ホカホカご飯の上に蒲焼きを載せ、蓋を閉めておけば、温かい蒲焼きが食べられる、と考えたのである。

このアイデアは大成功。鰻重の蓋を開けるとフワっと湯気が上がり、蒲焼きの香ばしい香りがプーンと漂った。

ご飯には蒲焼きのタレがいい具合に染み込み、蓋をした事で、蒲焼きが適度に蒸されてフックラしている。

これまでの蒲焼きとは全く異なる、新しい料理になっていたのである。

間もなく、この鰻重は江戸中の評判を呼び、江戸中の鰻屋がこぞってメニューに加えるのに時間はかからなかった。

その後、鰻丼が生まれたのは、重箱よりは庶民に親しみのある丼を使うようになったからである。  
 
 
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