Top > 一般

日本三大歓楽街のひとつ『ススキノ』の名付け親は誰だ?

  • 2016-08-27 (土) 13:41
  • 一般
札幌市のススキノといえば、日本でも有数の歓楽街。

単身赴任者のパラダイスともいわれ、かつては『札チョン族』という言葉まで生まれている。

札幌で独身生活となれば、ススキノのお陰で楽しい日々を送れるとさえいわれていたのだ。

そんなススキノだが、もちろんここが蝦夷地と呼ばれた江戸時代は一面の原野だった。

ところが明治4年(1871)、この地を北海道の行政の中心と定め、開拓使庁を設置する事になった。

都市計画に基づき、内地から数千人の作業員を集め、開発工事が開始された。

しかし当時は札幌には住む人もなく、作業員たちは次々と逃げ帰ってしまう。

ここで一念発起したのが、開拓判官を務めていた岩村通俊(みちとし)だ。

作業員を定着させるために岩村がとった策は、札幌に遊郭を築く事だった。

ただ、遊郭とはいえ、当時は政府公認で、岩村は明治政府の太政官に申請して、明治5年(1872)、正式に遊郭建設の許可を取り付けている。

つまり、ススキノ遊郭はもともと、官立の遊郭だったのだ。

それ以後、内地からの入植者が飛躍的に増加し、ススキノ遊郭は北海道最大の歓楽地として発展した。

しかしススキノ遊郭は、大正7年(1918)、白石へと移転。

その後は歓楽街として、ススキノは発展していく事となる。

そのススキノだが、当初は『薄野』と漢字で表記していた。

名付けたのは遊郭建設に邁進した岩村だとされているが、名前の由来は2説ある。

建設に取り掛かった当時、ここが一面のススキ野原だったところから薄野と名付けたとされていた。

しかし最近になって、開拓使の判事でこの地域の区画割りに尽力した薄井竜之の名前から、薄野とされたという説が有力になっている様だ。  
 
 
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「いいね!」や「+1」などのボタンを押していただけたら嬉しいです(^^♪

↓↓ 弊社インターネット通販はこちらです
47CLUB インターネット通販

↓↓ 弊社おすすめ商品はこちらです
北海道の海産物ギフト海鮮王 おすすめ商品

Facebookをお使いの方は、こちらを押してフォローして下さい。

 
ブログ記事を見る

関連リンク

北海道の海産物 カイチ加藤水産株式会社 ホームページ 北海道の海産物ギフト海鮮王 おすすめ商品 47CLUB インターネット通販

SNSサイト

下記SNSでもよろしくお願いします

Instagram
ページ上部へ戻る