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恩義を忘れ、私欲を貪り、人と呼べるか(真田信繁)

  • 2016-10-04 (火) 13:25
  • 一般
1614年、徳川家康がいよいよ豊臣家の討伐に乗り出す事になり、豊臣秀頼は九度山に蟄居していた真田信繁(幸村)に来援を頼んだ。

秀頼が信繁を頼りにしたのは、真田家が上田合戦で二度までも徳川勢を打ち破った実績があったからである。

信繁は依頼を招致し、大坂冬の陣の前夜に九度山を脱出し、大坂へと向かった。

天下へ真田の力、己の武略を見せつけたい思いも強かったが、信繁の心中には豊臣家への強い恩義があった。

大坂に入ると信繁は、団結せず、自分の戦略・作戦を聞こうともしない諸大名ばかりの中、孤独な戦いに身を投じた。

家康を後一歩まで追い詰めたものの、満身創痍となり、最期は首を獲られた。

関ヶ原の戦い前夜に、信繁は豊臣への恩義があるからと、徳川からの協力要請を断っている。

家康は信繁に「味方になれば、莫大な恩賞をつける」と約束したが、信繁は「恩義を忘れ、私欲を貪り、人と呼べるか」と言い放った。

私利私欲に動いて、義理や恩義を忘れるのは人道に外れる。

信繁は武士道に生きる篤実な男であった。

いつの時代も利害を重視して行動する人が多い。

しかし、義理や恩義を忘れて目先の利益ばかりを追うというのは、人として醜い行為であろう。  
 
 
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